生駒の階段はびっくりするほど長かった。

昨年からバックパックを担いで巡礼道を歩く練習をしている。
自宅から数キロの範囲をうろうろしているが
大阪市内近郊は平地ばかりでどうも物足りない。

なので、陸橋を見つけると、ラッキーとばかりに
上り下りを繰り返している。
はたから見ると完全に意味不明な動きだけど、
どう見られようとええねん!と決めているので、
まわりの視線は気にはならない。
しかし、陸橋では物足りなさは拭えない。

というわけで、自宅から見えている生駒山に登ることにした。
今日は雪が降るよ、と天気予報は伝えていたけれど、
それはぼくにとっても好都合だ。
巡礼道の出発地点であるフランスのル・ピュイは
4月の最低気温が2度。
雪が残っている道もあり、雪が降ることもあるらしい。
だから練習には雪が降ってくれたほうがありがたいのだ。

近鉄生駒駅で電車を降りた。
そこから南へしばらく歩くと、
見上げる限りの長い階段が見えてきた。
いいねぇ。思わず心のなかでつぶやく。
しかし、この階段がすごかった。
下から見えていた階段を登りきると
またずっと見上げる限り階段が続いている。
ず〜っとず〜っと続いている。
平地に飽き飽きしていたぼくにとっては
待ってたよ〜こんな坂道!とばかりに
テンションがあがる。

しかし、この階段、練習にはもっていこいだが
生活するにはきっと大変だろう。
階段の両サイドには民家がずっと続いている。
尾道の階段も長いけれど、
あそこよりも傾斜がきつく長いと思う。

そんなことを思っていると、
クロネコヤマトの若いお姉さんが
お届け物のダンボールをもって階段を降りてきた。
このエリアの担当になった人は気の毒だなぁと思いつつ見ていたけど
さらに気の毒なことに、お届け先のお家は不在だった。
ガーン!
そのまま、何事もなかったように
次のお宅へとサササーッと駆け下りていったけど、
この坂をまた登ってくるんだろうなぁと思うと
宅急便が高いというのも納得してしまう。

15分くらい登ると
宝山寺というケーブルカーの駅に到着。
周辺には旅館がたくさんある。
お寺への参拝客が泊まるのだろうか。
宝山寺の参道脇に、小さな道があり
それが山頂に続く道だと教えてもらい
そちらに向かった。
坂道はケーブルカーの通るルートを
付かず離れずな感じで並走している。
このケーブルカーはかなり長いのか、
始発と終点の駅の間に駅が2つもあるのだ。

だれも乗っていないケーブルカーが通り過ぎていく。

1つめの駅をすぎたあたりから、
地面に雪があるところが出てきた。
靴がどれくらいグリップしてくれるかを
試すのにもいい。
いろんなことを試しながら、写真を撮りつつ登ったが
結局山頂までバックパックを下ろすこなく登ることができた。
いけるやん!と自分をほめる。

山頂にある生駒山上遊園地は冬季は閉園。
なのに、猫がいる。それも何匹もいるのだ。
寒いのに。
食べ物もないだろうにどうしているんだろう。

閉園中の生駒山上遊園地のなかをぬけて
生駒山の尾根を暗峠の目指して下っていく。
最初はカチコチに凍っていたぬかるんだ道も
降りてくるにしたがって、ぬかるみが出てくる。
そこに動物の足跡を見つけた。
寒さのなかでも、たくましく生きているんだなぁと
うれしくなる。
さらにずんずん下っていくと、暗峠に出た。

ずっと来てみたかった暗峠。
この風景、写真で見たことあるわ〜とちょっと感動しながら、
その峠を下り始めたが、この坂がすごかった。
国道308号なんだけど、びっくりするほど急な坂でしかも狭い。
踊り場のようにフラットなところがなく、急な坂が延々と続く。
転がりだしたら終わり。もう下まで止まらない。
車が登ってきたが、うんうんと唸りを上げて
エンジンが泣いている。

ずっとつんのめっている感じで下りていくので、
登りでは余裕だった足の指がじわじわと痛くなってきた。
足の指をかばおうと、後ろ向きで下りてみるが、
後ろに倒れてころげていきそうになり断念。

ずいぶん下りてきたところで、
県外ナンバーの車も下りてきたが、
ブレーキの踏みすぎだろうか。
何かが溶けたような匂いがして臭かった。

不思議なもので、
登り坂は自然と力が湧いてくるけれど、
下りはヨッシャ!という気には、なかなかなれない。
下りを疾走するのは自転車などの乗り物と
箱根駅伝で箱根を下る選手くらいじゃないか。
高い山で遭難するのも、下山中が圧倒的に多いらしいし、
人間は下るのがあまり得意でないのかもしれない。

そんなことを思いつつ歩いていると
ようやく坂が終わり町中に出てきた。

平地じゃ物足りないと思っていたけれど
足の痛みが和らぐフラットな道は、
横なぐりの雪が降っていても快適すぎて
笑みがこぼれた。

生駒の町から山頂に続く階段と山道は
自宅からもそんなに遠くないし、
いい練習ルートになりそうだ。

目標達成!カレンダー500冊完売しました!

thanks多くの方にご支援していただき、ご購入いただいた
2017ココロハチマキカレンダーですが、
目標の500冊を越えることができました!
本当にありがとうございます!

想像をはるかに超える人たちに応援してもらったおかげで
ぼくにとってはかなり高かった目標を
達成することができました。
ココロからありがとうございます!

50歳の冒険を考えはじめたとき、
今回の旅は、今までの気ままな旅ではなく、
たくさんの人に応援してもらい、
旅を共有したいと思っていました。

だけど、声を出して人に伝えていくのが下手で
応援してくださいとお願いすることはさらに下手。

とはいえ、これができないと写真家としての
新たな活動は始まらない。
そんなとき、友だちと飲む機会があって
50歳の冒険の話をしていると
「本気でその冒険をしようと思ってんの?」そう聞かれました。
「もちろん!」そうぼくが言うと
「だったら、誰かに言うたか?誰かに応援してほしいって言うたか
言ってもないのに誰が応援してくれるんよ。
伝えても応援してもらえないことのほうが多いよ。
だけど本気だったら必ず響く人が出てくるから。」
その言葉で、ぼくの気持ちにスイッチが入りました。

ごちゃごちゃ言う前に、勇気を出してお願いしていくと、
すると、待ってました!とばかりに
応援してくれる人が出てきました。

サラリーマン冒険家の坂本達さん。
ミキハウスに勤務しながら、4年3ヶ月の有給休暇をもらい
自転車で世界一周をした異色のアドベンチャーサイクリスト。
現在もミキハウスに勤務しながら、講演で全国を飛び回り、
著作の印税をもとに、旅で命を救ってもらった村に
井戸掘り、診療所、幼稚園や小学校などを建設されています。彼の講演を10数年前に聞いたとき、
この人を応援したいと素直に思いました。
そして、その後あまり時間をおかずして、
彼のホームページの管理を任せてもらうことになり、
10年以上になります。

そんな坂本さんから、喜んで応援するよ!
ぼくができることなら全力で。と言ってもらい、
大きな後押しを得て、50歳の冒険は動き始めました。

そのひとつが、活動資金を集めるためのカレンダー販売でした。
目標を500冊と決めて動き始めるときも

本当は自信なんてなかったんです。

だけど、伝えれば応援してくれる人がきっといるはず。
勇気を出して声をかけていくと地元舞鶴の友達が
「応援するよ!カレンダー、ドーンと送ってきて」
と言ってくれたんです。

自分のことじゃないのに、
ここまで熱く応援してくれる人がいる。
本当にうれしかった。
それでココロが決まりました。

できるかどうかじゃないんだ。
できることを一生懸命やろう。
そう思って、疎遠になっていた人に連絡をとりました。
一度しか会ったことない人にもお願いしました。
SNSでつながっているだけで会ったこともない人にも
思い切って連絡をとってみました。
すると、多くの人から買うよ!応援するよ!と
いってもらえたんです。山梨では、お会いしたこともない女性が
坂本達さんつながりで
大応援団になっていただきました。
岡山の美容院カモンRさん、
パタゴニア京都ストアでの坂本さんの講演会では、
主催者さんのご理解とご協力のもと、
講演会の最後に時間を設けてもらい話しもできました。

毎日のように発送作業ができるんです。
普通なら面倒にも思える梱包作業が楽しいんです。
気持ちが入るんです。
ありがたい。

だけど、500冊の壁はそう簡単に到達できるものではありません
まだ目標にはほど遠い。
しかし、連絡できるところが尽きてきた。
どうやってカレンダーを販売をしていこうかと考えていたときに
引き寄せられるように出会ったのが
路上詩人肝っ玉んでした。

彼にメッセージを書いてもらったとき、
路上でカレンダーは売れないだろうかとひらめきがありました。
しかし、その次の瞬間、路上に座る

自分を想像して
身震いしてしまいました。
路上に座る勇気などぼくにはない。
大阪一混雑する大阪駅の雑踏のなかに座ることなど、
自分には到底できるはずがない。
怖い。恥ずかしい。
想像するだけで首を振りたくなる。その背中を押してくれたのが、
笑顔工房という居酒屋オーナーおかあちゃん。

「肝っ玉んに一緒に座ってもらったら?」
それを彼に伝えると、
「いいですね!やりましょう!」と即答。

約束の当日、肝っ玉んの隣にシートを広げ
見よう見まねで作った看板を立てて座り込む。
視線の先には無数の脚。
上を向けば見ていないようで
しっかり見ている無数の視線。
雑踏が作り出す風を感じながら地べたに座る。
そして、行き交う人に引きつりまくった笑顔を振りまく。

勇気もなければ根性もないけど、
肝っ玉んのおかげで、こんな経験ができてしまった。
すると、動きが鈍くなっていたカレンダーが
再び売れ始めました。

友達からその先の友達へと新たなつながりが生まれ、

年末に向けて最後のスパートがかかり、
年始もまだオーダーをいただき、
ついに目標の500冊をクリアすることができました!
本当にたくさんの方のおかげです。
感謝の気持ちでいっぱいです!
ありがとうございました!

50歳の冒険。その第一ステップともいうべきカレンダー販売。
こうして書いてみると、

節目節目で背中を押してくれる人に巡り会えたこと。
そしてそのアドバイスを自分が素直に実行できたこと。

それで展開がどんどん変わっていきました。

その出発点は「本気だったら伝えろ!」
この言葉でした。

ここからすべてが始まったのです。
たくさんの方から応援していただいたカレンダー。
次は、50歳の冒険。の本番です。

4月23日出発に決定しました。
約3ヶ月で体力づくり、装備、旅程などを詰めていきます。

これからも引き続き応援よろしくお願いします!